
「羽州ぼろ鳶組シリーズ」「イクサガミ」などで知られる直木賞作家・今村翔吾の原点とも言える青春時代小説「てらこや青義堂 師匠、走る」(小学館文庫)の舞台化、舞台『てらこや青義堂 師匠、走る』が本日8月14日、東京池袋のサンシャイン劇場で開幕する(30日まで)。
市井に生きる人々のささやかな営みと、その胸に抱えた想いを爽快感あふれる筆致で描き出してきた今村翔吾作品でしか味わえない爽快感と多幸感を、作・演出の青木豪が、演劇空間として立ち上げる意欲作だ。
そんな舞台で、新木宏典演じる主人公、寺子屋「青義堂」の師匠・十蔵が、かつて公儀隠密だった折にある事情から離縁した妻・睦月を演じるのが彩みちる。宝塚歌劇団の娘役として、数々の作品でのヒロインをはじめ、主要な役柄を務めて大活躍した彩が、退団後初のストレートプレイへの挑戦となるこの舞台に賭ける思いや、演じることへの情熱を語ってくれた。

守るべきものがあるから強くなれる
──彩さんにとって初めてのストレートプレイ作品へのご出演になりますが、まずこの舞台『てらこや青義堂 師匠、走る』へのオファーを受けた時のお気持ちはいかがでしたか?
宝塚を退団して、まだこの先の自分がどう進んでいけるのかが自分でもわからない状況のなかで、お声がけをいただけたことを大変ありがたいと感じました。特に私はお芝居がとても好きですし、もっと勉強したいなと思っていたタイミングでのストレートプレイ作品へのオファーでしたので、本当に嬉しかったです。初めての経験ですので楽しみ半分、挑戦半分という思いで、是非お願いします、と受けさせていただきました。
──宝塚を退団されるときにも「ここではできないことをやってみたくなった」という趣旨のお話をしていらしたのが印象的でしたので、あぁ早速素敵な舞台に臨まれるのだな、と感じましたが、お稽古に入られているいま、改めて作品についてはどんな印象を?
原作の小説も読ませていただいて、今回の舞台の台本を大切に、いまお稽古を重ねていますが、かつては公儀の隠密で、いまは寺子屋で師匠を務めている主人公の十蔵さんが、子供たちの成長を見つめながら周りの環境によって変化していくなかで、守りたいものがあるからこそ人は強くなれる、ということが描かれている作品だなと感じていて。それは十蔵さんだけではなく色々な役柄にも共通していて、私の演じる睦月にも言えることなんですね。江戸時代の女性ですから、刀を振るって戦うということではないのですが、自分の旦那様や、旦那様が大切にしている子供達を守りたい、その一心で睦月もどんどん自分のなかの強さを発揮していく様が丁寧に描かれているので、この作品を観ていただいたあとにきっと残る温かいものにほっこりしてもらいつつ、自分の守るべきもの、大切な人は誰だろうと、思いを致していただけたらいいなと思いながらお稽古に励んでいます。
──睦月という女性は、とても前向きで魅力的ですよね。
お父様に伸び伸びと育てていただいたことで、睦月の人格形成が出来上がっていったのだろうなと思うんですけど、はじめはコロコロ明るく笑っている女性として登場し、そこから十蔵さんに出会いますが、その出会いの関係性もとても複雑で。それは是非実際に舞台を御覧になって確かめていただきたいのですが、十蔵さんは何と言っても公儀の隠密ですから、一見して影がある、ちょっととっつきにくい人物だったろうと思うんです。でも睦月はそんな十蔵さんの様子を伺うというよりは、いきなり懐に飛び込んでいけるんですよね。だからこそ十蔵さんも心を開けたのではないかなと思いますし、それが睦月のとてもチャーミングなところなので、大切に演じていきたいです。この舞台には女性が私の睦月と、八木美樹さんが演じる子役の千織の二人しか登場しないので、この時代の女性としてのあり方や、生き方を表現していきたい。まず戦いに出る人を「行かないで」と引き留めるのではなく、きちんと背中を押して見送らなきゃいけないなど、やっぱり現代とは感覚が違う、死生観から違いますよね。そういう辛抱強さや、信じて待つ強さを、笑顔や優しさの裏にきちんと秘めて存在したい、決して明るく笑っているだけの女性ではないんだ、というところを表現したいなと思って役創りをしています。

可能性しかない子供たちと共に
──作・演出の青木豪さんは数々の名作を生みだされている方ですが、演出を受けられていかがですか?
とても自由にやらせていただいています。舞台美術の関係で、そこはこうしてみましょうか、などの色々なご提案もくださるのですが、まず立って動いてみて役者がどうしたいのか?を柔軟に受け止めてくださるんです。例えば稽古が進むうちに、自分のなかで睦月だったらここでこうありたいかもしれない、という台詞があったんですね。それを失礼にならないだろうかと考えながら、思い切ってご相談した時に「言ってくれてありがとう」とおっしゃってくださって。
──あぁ、素敵ですね!
そこから一緒に真剣に考えてくださり、快く「ではこうしてみましょう」と、私の気持ちがきちんと通るように整えてくださったのが、本当にありがたくて。素晴らしい環境でお芝居をさせていただけています。
──舞台がきっと充実したものになるだろうなと期待が高まりますが、主演の新木宏典さんをはじめ、共演の皆様についてはどうですか?
私は全員の方と「はじめまして」なのですが、新木さんはすごく人見知りをされる方だそうで、私も人見知りの方に対して人見知りになってしまうタイプなので(笑)、はじめは睦月とは違って、どんな方なのだろうと様子を伺っているところがありました。でも座長として、また十蔵として、周りの皆さんを冷静に見てくださっているのが、とても心強いなと思いましたし、どことなくミステリアスな感じ、人見知りでいらっしゃるからなのか、十蔵という役柄だからなのかはわからないのですが、その雰囲気が十蔵役に本当にぴったりで! また、公演パンフレットに掲載される座談会をしたときに、すごく面白い方なんだともわかりましたので、私も睦月として十蔵さんが閉ざしている心を開いていってもらえるように、ぶつかっていっています。それから寺子屋の筆子たちを演じる皆さんが、原作のキャラクター像がそれぞれとても個性的で、愛される役柄ばかりなので、これからみんながどんどん役を創りこんでいくのを楽しみにしています。筆子の皆さんには可能性しかないので、ここからの成長、それこそ初日が開くまで、そして初日が開いてからも吸収して、いつバーンと爆発するかわからない。そんな可能性を見ているのがとても楽しいです。
──彩さんも、宝塚時代に『るろうに剣心』の明神弥彦役をはじめ、少年、少女の役柄で印象的なものが多いですから、懐かしい思いもおありなのでは?
子供ってある意味自由に何をやっても怒られないし、子供という存在自体が舞台上の制約はもちろんありますけれども、でも常にチャレンジできるものなので、とにかく伸び伸びとやって欲しいですし、私もそういう意味でのチャレンジできる楽しい空間を少しでも作っていけたらいいなと思っています。

役として生きることに集中できる
──宝塚を退団されて、初の舞台となったミュージカル『アイ・ラブ・坊っちゃん』があり、今回の舞台、そして今後のご予定も次々に発表になっていますが、新しい現場に入られて、ご自身の中で変化を感じることはありますか?
まずやっぱり宝塚は同じ組の同じ仲間たちで毎回の公演をやって行くので、お互いの人となりも知った状態で、一人ひとりの成長を見守りつつ見守られつつやっているのですが、退団後はひとつのカンパニーごとに「はじめまして」で、その舞台が終わったら、もしかすると二度と共演できない方もいるのかもしれない、その時だけにしか集まれないメンバーなので、本当に一期一会の新鮮さがあります。それぞれが培ってきた経験値も全く違いますし、年齢差もありますので、とても刺激的で面白いなと思っています。
──やはり、そうした新たな座組の方々に相対することで、ご自身の居方も変わりますか?
『アイ・ラブ・坊っちゃん』の時は、それこそ人見知りしすぎてしまって、皆さんと馴染むまでに時間がかかったのですが、今回二作目ということと、若い方々たちもいるカンパニーだったので、こうした状況に少し慣れてきて、人見知りもある程度緩和されながらやっております。でも次の現場にいったらまたどうなるんだろうと、それは自分でもまだよくわからないところですね。深い絆がある仲間たちと舞台を創る宝塚の良さと、その時、その場に色々な方々が集まって、一から力を合わせて創る舞台の良さ、その両方にいま改めて気づけていると感じます。
──そうしたなかで、時間の使い方なども変わりましたか?
宝塚はまず協調性が求められますし、みんなできちんと創るための自主稽古もすごく多かったので、自分の時間でありつつ、みんなの時間というイメージだったんです。下級生に伝えていく時間も必要でしたし。でもいまは、基本的にはすべてが自分の時間なので、今日はここのお稽古だから、それまでにちゃんと台詞を入れたいですとか、今日このナンバーをもう1度返すから、振りをきちんと覚えておかなければなど、それぞれがプロとして、自分で準備をしてくるという感覚なんです。ですから自分時間できちんとバランスを取って計画していくことを意識しています。先ほども言いましたが、稽古場には様々な出自やキャリアを持った方々が集まるので、色々な人を見て、自分もこういう風にやってみよう、などのチャレンジもできますし、私もとりあえず自分が持っているものをさらけ出してやってみるしかないので、稽古場では失敗してもいいから恐れずにやろうと思いながら必死に頑張っています。
──そうしたチャレンジのなかで、今回ストレートプレイだというところについてはどうですか?
今回の舞台にも実はいつくか歌があって、私も歌いますし、振付もあるのですが、それでも基本的にはお芝居で物語の流れが続いていくので、役としての気持ちも途切れずに続いていくんだなと感じています。特に私は歌に少し苦手意識があったので、ちゃんと歌わなければと思うあまりに、歌になるとふっと我に返ってしまう瞬間があったりもしたんですね。もちろんだからこそ表現できるものもありますし、楽しさもあるのですが、今回はそうしたことを意識せずに、ずっと役として生きることに集中できる部分があることを、改めて感じました。

記憶に残るキャラクターとして役柄を育てていきたい
──彩さんにとってもこの舞台『てらこや青義堂 師匠、走る』は素晴らしいご経験になっているのですね。そうした積み重ねを経て、今後こういう活動してみたい、挑戦してみたいなどの、夢やビジョンはありますか?
まずもっと自分のお芝居をきちんと成長させたいです。退団後、NHKのオーディオドラマにも出演させていただきましたが、『アイ・ラブ・坊っちゃん』そして今回の舞台『てらこや青義堂 師匠、走る』と、題材によっても芝居の仕方が変わってきたりもしますから、まだまだ未知のお芝居の仕方がたくさんあると思うので、機会さえいただけるのであれば、色々なことにチャレンジしていきたいです。一歩を踏み出さないとわからないことは永遠にわからないので、どんどん挑戦していきたい。やっぱり退団後、自分のお芝居はまだまだだな、と感じることがたくさんあるんですね。
──娘役として蓄えられたものと、現在とで違いを感じられている?
宝塚ではやはり、宝塚の娘役独特の台詞の話し方や、歌の歌い方があると思います。だからこそのファンタジー性がありますし、自分自身としてはそのなかでもできる限りナチュラルにと思ってきましたが、やはり13年在団していましたので、自分を客観的に見て、そういう型のようなものはあるなと感じていて。そこを1回リセットして、現実のなかに生きている人間として存在した上で、キャラクターの味を乗せていきたいと思っています。もちろん宝塚で学んだ所作ですとか、舞台での立ち居振る舞いなどが身に沁みこんでいるのは、本当にありがたいことです。こうした日本もののお芝居でも、舞台での居方を経験できていますから。
──日本ものの素養があることが、宝塚出身の俳優さんの大きな強みだとはよく伺いますね。
そうした経験に感謝しつつ、宝塚らしさ、その幻想性のようなものは1回取り払って、人間味をきちんと表現できるようにしていかなければと思います。芸事って本当に終わりがないんですよね。ですからもっともっとお芝居を勉強していきたいですし、これは宝塚時代と変わらずですけれども、ひとつの作品に出るに当たって、ちゃんとお客様の記憶に残るキャラクターとして、自分がいただいた役を育てていきたいです。それはいままでも、これからも変わらない気持ちなのかなと思っています。
──そんな彩さんのこれからの歩みにも心から期待していますが、まずこの舞台『てらこや青義堂 師匠、走る』を楽しみにしている方たちに、メッセージをいただけますか?
この作品は、本当に子供から大人まで楽しんでもらえるものなのではないかなと思います。ちょうど夏休みシーズンですし、家族みんなで観に来ていただきたいです。し、先ほどもお話しましたが、自分の守りたいもの、守るべきものは何かですとか、その守るものがあるから強くなれるみたいなものを感じていただけたら。たくさん笑えたり、ちょっと泣けたりなど、色々な場面がありますし、ストーリー展開もとても豊かなので、是非楽しみに観にいらしてください!
Summer Special Question
この夏欲しいものはありますか?
あまり物欲がない方なのですが、夏に欲しいものと言えば立派な流し素麺機が欲しいです。流し素麺が大好きなので、家でもできたらいいなぁと思います。あとは、これは夏に限らず1年中ですが時間が欲しいです。あっという間に一日一日が終わってしまうので、時間がもっと欲しいなと思います。

(C)今村翔吾/小学館/舞台「てらこや 青義堂 師匠、走る」
【公演情報】
舞台『てらこや青義堂 師匠、走る』
原作◇今村翔吾「てらこや青義堂 師匠、走る」(小学館文庫刊)
作・演出◇青木豪
出演◇新木宏典 彩みちる 一色洋平
八木美樹 小島歩琉 大熊蒼空 村山暁 久保田直樹
鈴木幸二 伊与勢我無 南誉士広
姜暢雄 山本亨
下島一成 淡海優 小泉凱 中野貴文 結木雅
●2026年8月14日(金)〜30日(日)◎サンシャイン劇場(東京)
企画◇東映 ワタナベエンターテインメント
主催・プロデュース◇東映
https://toei-stage.jp/terakoya-seigido/
【取材・文/橘涼香 撮影/岩田えり】
















