
初演のあまりにも美しい終幕がいまも心に残り続ける、ミュージカル『町田くんの世界』待望の再演の舞台が、7月7日~30日日比谷のシアタークリエで上演される。
「町田くんの世界」は、安藤ゆきにより2015年~2018年に別冊マーガレット(集英社刊)にて連載され、累計140万部を突破した人気コミック。物静かでメガネの優等生風外見とは裏腹に成績は中の下。アナログ人間で不器用で、運動神経は見た目どおりの町田くんが周りを愛することでみんなを変え、みんなに愛されていく人間ドラマが多くの読者を惹きつけた。
そんな作品がミュージカルとして生まれ出たのは2024年。デジタル技術とアナログな演劇技巧を融合させた演出で活躍しているウォーリー木下が、主演の川﨑皇輝をはじめとしたキャストと、多才なスタッフと共に創り出した舞台は、人に優しい世界は、自分にも優しく、穏やかに美しいものなのだと感じさせてくれる輝きに満ちていた。
その舞台がいよいよ再演されるにあたって、再び演出を務めるウォーリー木下が、初演の創作過程やカンパニーの在り方、そして自身の演出で目指しているものなどを語ってくれた。

世界を変えられるかもしれない、というチャンスをくれた
──ミュージカル『町田くんの世界』再演の報に接していかがでしたか?
僕にとっては転機になった、ターニングポイントになった作品だったので、もう1回臨めると思うと、とても嬉しかったですね。
──初演について公式サイトに掲載されているコメントに「最もささやかで最も攻撃的な作品」「分断していく社会を最もやわらかい鈍器で殴ったような舞台」「革命的な作品」などなど、とても印象的な言葉がたくさんありますが、そういう気持ちになられるに至る思いを教えていただけますか?
まず原作の漫画を読ませていただいたときに、やっぱり僕としてはここからミュージカルが創れるのかな?ということを最初に思ったんですよね。かなりチャレンジングな企画だなと。結果としていまはミュージカルじゃなかったら難しかった、と思っているのですが、当初はこの原作ならストレートプレイの方がいいんじゃないかと考えたりもしていました。でも脚本・作詞のピンク地底人3号くん、音楽・作詞・演奏の和田俊輔くんとのミーティングをはじめ、スタッフ、キャストみんなと創りあげられたことで、ミュージカルにしたからこそ見えてきた『町田くんの世界』の輝きみたいなものがちゃんと生まれた、それがとても嬉しい作品になりました。
──個人的に初めて拝見したときに枕の使い方にびっくりして、それがラストシーンで腑に落ちたといいますか、あまりにも美しくて涙、涙だったのですが、その辺りと「最も柔らかい鈍器」がシンクロして感じられて。
そう感じていただけたなら嬉しいですが、僕がこの作品をとても好きなのは、別に誰も死んだりしないし、いわゆる起承転結みたいなものもないし、まるでスケッチのように日本のいまの家族と若者を描くという手法だけで、僕らが生きているこの平凡な世界と呼ばれているものが、最も輝いていて、最も大事にしなきゃいけないものなんだよということを、まったくお説教くさくなく描いているところなんですね。そこを大事にすれば、世界は平和になるかもしれない、それが描かれているのがすごいなと。自分が住んでいる半径1mとか、10mとかの世界と、ずっと遠いところ、例えば地球の反対側で起こっている戦争や、差別や分断、飢餓などを、頑張って同じ背景で考えようとするのって、とても難しいですよね。もちろん言葉としてはみんな「自分のこととして考えよう」と言うのですが、それをちゃんと実感して、自分事として考えるのは本当に難しい。でもこの町田くんという主人公の男の子の在り方、悩み方、最後の答えの出し方も含めて、もしかしたら僕らみたいな平凡な人間でも、世界を変えられるかもしれない。そんなチャンスをくれたような気がしたことに、僕は一番勇気づけられたんです。だからこの作品を通して、それがお客様に届いていればいいなと思いますし、今回の再演でも届けたいなと思いながら創っています。
──言い方が良いかはわからないのですが、初演の時よりもさらにそうしたことが切実になっている気がするので、本当にここでの再演が嬉しいです。基本的には初演から大きな変更はしない、と伺っていますが。
そうですね。もちろん改めて記録映像を見直したり、台本を読み直していると、もっとこうした方が伝わりやすいかな、というところは色々感じているので、よりたくさんの人に届けられるようにという調整はしますし、特にスピード感を大事にして、面白く、かつ楽しく、メッセージがきちんと届くようにと思っています。

カンパニーの仲の良さが際立っている
──町田くんを演じられた川﨑皇輝さんについてはどんな印象を?
皇輝は本当にすごいなと思っています。町田くんは一筋縄ではいかないタイトルロールなのですが、それを見事に自分のものにしているだけではなく、川﨑皇輝なのか、町田くんなのかがわからない、というところまでもっていってくれた。そこに町田くんがいる、とちゃんと感じられたので、ありがたいですね。
──今回、原田真絢さんが新たに加わられた以外は、初演から変わらないカンパニーですが、皆さんへの期待はどうですか?
とにかくカンパニーの仲の良さが際立っているんですよ。舞台をみんなでずっと回転させていく作りなので、その点に関しては苦役列車的と言うか(笑)、労働みたいなところがあるんですけど、誰もが「君が倒れたら俺が回すから!」という気持ちでいてくれる。昔、機械も何もないなかで、ピラミッドを作った人たちってこんな感じだったのかな、とふと夢想してしまうような「一致団結してやるぞ!」という意識がとても強いカンパニーで。やっぱり題材も新鮮でしたから、これをどうやって表現したらいいんだろうということを、ベテランも若手も関係なくみんなで考えて創ったので、そういう座組の快適さ、居心地の良さ、健康的な感じは本当に嬉しいです。チームメートという感覚ですね。
──その力もあの美しい舞台につながったのだと思うと感慨深いですが、ウォーリーさんにとって、この作品はターニングポイントになった、というお話がありました。その気持ちをもう少し言葉にしていただくとすると?
かなり具体的に言うと、いまの僕たちが住んでいる世界、作品の舞台は東京近郊なんですけど、東京とその近郊、もう少し広く日本と考えてもいいんですが、そこでささやかに起こっている出来事をミュージカルに、もしくは演劇としてきちんと立ち上げようとすることに、とても興味が湧いたんです。遠くの場所にまで想像力を持っていかなくても、演劇やミュージカルって創れるんだということを、僕はこの作品に教えていただきました。もちろんそんなことは百も承知だよ、とおっしゃる創り手の方もたくさんいらっしゃるでしょうが、僕自身は、例えば宇宙戦争とか、探偵が戦うとか、恐竜時代の物語とか、なんでもいいんですが、これをどうやって具体化するんだろう、というものが好きなんですね。如何にして舞台に恐竜を出すか?みたいなことを考えるのが。でもこの『町田くんの世界』をミュージカルにするって、恐竜を舞台に出すのと同じくらい難しかった。それにトライできて、ミュージカルにできた、そのことがとても嬉しかったし、ありがたかったし、新しい世界を作品に広げてもらえたなと思っています。実際、よくこの世界観の作品を僕に依頼してくれたなと思います。「恐竜を出したいんです!」という依頼がほとんどなので(笑)
──それはウォーリーさんといえばやはり『チャーリーとチョコレート工場』の、あの壮大な世界を創造される方というインパクトが強いですから。
情報過多なやつですよね(笑)。

演劇だから成立するトリックがある
──映像と美術と演者の方たちが融合していく世界が本当に素晴らしいですが、あの壮大な発想力はどこからくるのかなと。
映像に関していうと15年ぐらい前に、とある映像作家と出会って、自分の本当に小さなカンパニーの舞台で、段ボール箱に映像を映してそれを動かしたのがはじまりです。お客さんは段ボール箱に絵が描いてあると思っているんですが、実は映像を投影していて「絵が動いた!不思議だね!」となる、ちょっとしたアナログとデジタルを混ぜたトリックみたいなことをやっていた時期があるんです。あと、僕はわりと演劇で「見立て」をすることが好きなんですよ。さっきの枕につながるんですけど、何かを何かに見立ててお客さんの頭の中で完結してもらうみたいなことが。もし映画で急に枕が子供役をやったらちょっと怖いじゃないですか。
──確かにそうですね!
でも演劇ってわりとそこが飛躍できるから、僕らがしゃべりだすのとほぼ変わらずに段ボール箱に投影した口が動いて喋りだすことも許容してもらえる。そこからはじまって10年、20年経って、規模は大きくなりましたが、やっていることの基本は同じなんですよ。『チャーリーとチョコレート工場』でも、2幕のお菓子の世界に入っていくところで、どれがセットでどれが映像なのかわからないようにしたい、という点をすごく頑張りましたし、そういう不思議さというか、アナログな感じで映像を使うことが個人的には好きで、長くやってきたので。
──あのお菓子の国が広がっていった衝撃は忘れられません。あまりにも美しい世界に連れていっていただいた感覚で、見惚れてしまって。
でもそれはお客さんの頭の中で世界を思い浮かべていただいているからで、それは本当にお客様のおかげなのでありがたいです。演劇ならではのトリックが好きなので。
──基本的にやっていることは同じということですが、それでも『町田くんの世界』と『チャーリーとチョコレート工場』では、作品カラーが違いますが、そういう一つひとつの作品を構築する上で大事にされていることはありますか?
演出をする上では、なるべく身の回りにあるものでやろう、自分の生活範囲の中の感覚を使いたいなという気持ちは強くありますが、僕は演出家の色なんてない方がいいと思っているんですよ。『町田くんの世界』ならば『町田くんの世界』の。『チャーリーとチョコレート工場』ならば『チャーリーとチョコレート工場』が望んでいる世界が出来上がっていることが最上だと思っていて。自ずと作品が求めている世界、その題材のテーマがありますから、それを僕なりに解釈した結果が作品になっているので、そこに僕の個性を出そうとするのではなくて、あくまでもテキストが求めていることと、役者さんやスタッフの影響によって作品が出来上がっていくのがいいなと思っています。
──そんなウォーリーさんご自身が、今後やってみたいことはありますか?
僕は静岡で「ストレンジシード静岡」という野外でやる演劇フェスティバルのディレクターもやっているんです。そこで僕が創るというか、色々な作品を呼んでやることが多いのですが、街の中に劇場があるのではなくて、街の外に演劇や、ダンスや、パフォーマンスがある、そういう世界にしていきたいという夢があります。もちろん劇場でやる作品も素晴らしいので、劇場は劇場としてちゃんとあり、外にも様々なパフォーマンスがある。そんな世界を創りたい、両方に携わっていきたいという気持ちは、夢としてずっと持っています。
──想像しただけで本当に幸せな光景です。その夢もぜひ皆さんに届けていただけたらと願いますが、改めて最後に『町田くんの世界』再演の開幕を待たれている方たちにメッセージをお願いします。
これまでお話してきましたが、とても身近なことを描いている題材で、もしかしたら観た人にとっては自分のことが描かれている、自分が舞台上にいると思うシーンもたくさんあるかもしれない作品です。そこを通過しながら、なぜこの題材が物語になっているんだろう、なぜ自分が舞台上にいるんだろう、ということを考えていった先に、きっとただの日常的なスケッチじゃなくて、壮大な物語の中に自分が入っていけるヒントがあると思います。先ほども言いましたが、お客様が頭のなかで世界を思い浮かべてくださるから物語が完成するので、是非能動的にお力を貸していただけるととても嬉しいです。劇場でお待ちしております。

【公演データ】
ミュージカル『町田くんの世界』
原作◇安藤ゆき「町田くんの世界」(集英社 マーガレットコミックスDIGITAL刊)
演出◇ウォーリー木下
脚本・作詞◇ピンク地底人3号
音楽・作詞・演奏◇和田俊輔
出演◇川﨑皇輝
長澤樹
神里優希 原田真絢 礒部花凜 大月さゆ 浜崎香帆 岩橋大 鶴岡政希
湖月わたる 吉野圭吾
スウィング 伊藤里紗 小嶋開太
7/7~30◎日比谷シアタークリエ
〈お問い合わせ〉東宝テレザーブ 0570-00-7777(ナビダイヤル)
公式サイト https://www.tohostage.com/machidakun/
©安藤ゆき/集英社・東宝
★原作マンガ「町田くんの世界」は集英社マーガレットコミックスDIGITALより全7巻好評発売中!
取材・文/橘涼香 撮影/中村嘉昭
















