
ほんの少し視点を変えさえすれば、世界はこんなにも美しいのだと示してくれるミュージカル『町田くんの世界』が日比谷のシアタークリエで上演中だ(30日まで)。
「町田くんの世界」は、安藤ゆきにより2015年~2018年に別冊マーガレット(集英社刊)にて連載され、累計140万部を突破した人気コミック。人が大好きな町田くんが周りを愛することでみんなを変え、みんなに愛されていく人間ドラマが多くの読者を惹きつけた。
そんな作品がミュージカルとして生まれ出たのは2024年。デジタル技術とアナログな演劇技巧を融合させた演出で活躍しているウォーリー木下が、主演の川﨑皇輝をはじめとしたキャストと、多才なスタッフと共に創り出した舞台は、人に優しい世界は、自分にも優しく、穏やかに美しいものなのだと感じさせてくれる温かな輝きに満ちていた。
今回の再演は、初演メンバーに新キャストの原田真絢を迎えたカンパニーでの上演で、初演の輝きをさらに濃縮して、味わいを深めた舞台が展開されている。
【STORY】
物静かでメガネ。そんな外見とは裏腹に成績は中の下。アナログ人間で不器用。なのに運動神経は見た目どおりの高校生、町田一(はじめ・川﨑皇輝)。
弟と妹と一緒にまもなく、6人目のきょうだいを出産する母(湖月わたる)に寄り添う町田くんは家族全員から愛されている。
人間が好きで、その言葉と行動でみんなを変えて行く町田くんは、周りの人たちは気付いたら好きになってしまうような「人たらし」。
ある日、授業中に怪我をしてしまった町田くんが保健室に行くと、そこに授業をサボっていた同級生の猪原さん(長澤樹)がいた。
猪原さんは傷の手当てしてくれたにも関わらず、「私、人が嫌いなの」と言い放ちその場を去る。町田くんは彼女がなぜ周囲を拒絶しているのかが気になる。
それから間もなく、町田くんは猪原さんが街中でナンパされているところに遭遇する。思わず駆け出し「僕の大切な人なんです」とナンパを阻止する町田くん。「大切な人だよ。クラスメートだ」と紛らわしい言い方だけど、まっすぐに心配してくれる町田くんを猪原さんは強く意識し始める。
二人の距離は徐々に縮まっていくのだが……。
初演の幕が開いた2年前、「今月おススメの舞台はありますか?」との、こういう仕事をしているとよく訊かれる質問を受けるたびに「シアタークリエの『町田くんの世界』を是非!」と答え続けていたのを思い出す。元々感想を言葉で伝えるのはあまりうまくなくて「言えないから書いているんです」を標ぼうしている身なのだが、いつにも増してこの『町田くんの世界』の感動は、言葉にできないほど美しいものだった。
原作世界がそうであるように、物語は一見淡々とした日常を描いている。もちろん学校や職場や家庭のなかで日々、何もないなどということはあり得ない。嬉しいことより悲しいことや腹立たしいことが多い日も少なくないと思う。それでも戦争や災害や革命や、もっと近いところで言えば親しい人との永遠の別れというような、ミュージカルの世界では頻繁に起きるドラマチックなできごとは『町田くんの世界』とは無縁だ。でもだからこそ自分の家族だけではなく、クラスメートはもちろん、過去に出会った人、通りすがりの人、電車の車両にたまたま乗り合わせただけの人も大好きで、変わらぬ目線で優しさを注いでいる町田くんの心映えが、人を惹きつけ、愛され、それによって町田くんも変わっていく。つないだ手のぬくもりが、世界を鮮やかに色づかせていく光景が、あまりにキラキラしていて泣けて、泣けて仕方なかった。『町田くんの世界』を観たひとたちが、シアタークリエから出てそれぞれの居場所に帰っても、この美しさと温かさをほんのひとさじ持ち続けていてくれたなら、世界は本当に変わるかもしれない、そんな奇跡を信じたくなるのが、この舞台だった。だから人に勧めまくったし、ひとりでも多くの人にこの温かさと美しさに触れて欲しかった。
あれから2年。世界は鮮やかに輝いていくのとは逆の方向にどんどん傾いている気がしてならない。どうしたらこの恐ろしい流れを止められるんだろうと、日々心を重くしながらも、何もできずにいる自分の無力がただ歯がゆいばかりだ。そんな2026年の夏に、シアタークリエに帰ってきてくれた『町田くんの世界』は、よりいっそう深みを増し、濃い影ももっていて、だからこそより美しかった。

細かいブラッシュアップはありつつも、ピンク地底人3号の脚本・作詞も、和田俊介の作曲・作詞も、大筋での変化はないと思う。シアタークリエの舞台上に、2階建てのあらゆる場所に変化していく、池宮城直美のシンプルでいて複雑という絶妙な装置があり、それを人の力で回しながら止まらずに進む舞台は、人が生きていく日々のなかで、決して止まらない時間のようにも、地球のようにも感じられることも変わらない。そのなかで、大切な台詞や歌詞を補完し、降る雨や光などが原口敏也の照明と、大鹿奈穂の映像とで表現されていく様がさりげないからこそ染みてくる、演出のウォーリー木下マジックも健在だ。ただ、一つひとつのエピソードの陰影が今回の再演ではとても深くなっていて、町田くんの愛情が周りを変化させ、それによって町田くん自身も変わっていく終幕に向かうスピード感が強まった。それは何より優しさが前に出ていたと思われていた物語のそうではない部分、それぞれの家庭環境に対する鬱屈や、恋人との別れや、子供を持つこと等など、日常と隣り合わせだからこそ刺さってくる切ないあれこれが『町田くんの世界』にもあること。もちろん初演からあったそれらのエピソードが、この優しい世界に影も落としていることがぐんと鮮明になっている。それが美しい奇跡だと思っていた『町田くんの世界』によりリアリティを加えていて、だからこそ逆説的に、この温かな世界の奇跡の輝きを凝縮したものにした。大変なこと、辛いことばかりで、自分だけで手いっぱいないまの現実世界に住んでいても、誰かに優しく接することが実はできるのかもしれない。一人ひとりが1日ひとつそれをしたとしたら、世界は本当に輝いていくのかもしれない、2時間の舞台と共に生きたあと、そう思わせてくれる『町田くんの世界』が奇跡でなくてなんだろう。そんな思いで胸がいっぱいになる。
その町田くんを演じる川﨑皇輝の、決してここに自分がいますと主張しないまま、きちんと視線を集める舞台上での居住まいが素晴らしい。元々大人数で踊っていても、グループ芝居をしていても、強烈に目を惹きつけるスター性を持っている川﨑が、めがねの奥にそれを閉じ込めて、母さんも、兄弟姉妹も、クラスメートも、通りすがりのおばあさんも大好きな町田くんとして舞台にいることがこの舞台を回していく。町田くんのそうした行動は、猪原さんが一喜一憂するのも無理がないと思えるほどかなり紛らわしい。意識してしまった男の子が自分にだけ優しいのかと思うと、みんなに優しいというのは相当やっかいな事態だし、うっかりすると優しいのかデリカシーがないのかわからなくなっても無理がないほどだ。でも川﨑がそんな町田くんを、それが町田くんなんだよねと納得させる力には脱帽するばかりだし、その町田くんがクライマックスに向かって変化していく様がより鮮やかになったことが終幕の感動を深めた。

そんな町田くんと相対することになる猪原さんの長澤樹は、家庭環境や中学時代に受けた傷から他者に対して心を閉ざしていた猪原さんが、町田くんへ意識を引かれていくことで、少女らしい表情を取り戻していく様がくっきりと伝わるようになった。初舞台だった初演から目の覚めるような美貌が際立っていたが、このファミリー感の強いカンパニーのなかで、舞台の上での自己表現を獲得していったのだろう。それが再演の舞台に生き、作品のドラマチックさを強めた要因のひとつになっている。

自分が飛びぬけたビジュアルの持ち主だと自覚していて、クラスの女子全員からモテて当当たり前だと思っている氷室くんの神里優希は、まずこの役柄の設定に説得力を与える持ち前の二枚目ぶりで、役柄をくっきりと印象づけている。今回の再演では更に、美しく生まれついた人ならではのある種の傲慢さを町田くんにきっぱり否定されて、ちゃんと反省する真摯さがよく伝わってきていて、これだけ美しい上に憎めないかわいらしさも醸し出したのが最強だった。

唯一のニューフェイス栄さんの原田真絢は、ドラマチックなパワフルボイスの持ち主で、その歌声の確かさから位取りの高い役柄を多く演じている印象が強かっただけに、ちょっと大人びた情報通で、でもやっぱり十代の高校生の栄さんを演じている弾けた姿が新鮮。音楽・作詞・演奏の和田俊輔はじめクリエイター陣が「にじみ唄」と称する、心の声がミュージカルナンバーになっている『町田くんの世界』の、歌を聞かせるのとはひとつ異なる地平にある美しい楽曲のなかでも、原田の歌唱力がコーラスに加えた厚みが生きていて、音楽面にも大きな貢献を果たしている。
その栄さんを注目させ、猪原さんをやきもきさせる、さくらの磯部花凜は、あざとさが欠かせない役柄を思いっきり振り切って表現。何しろキュートで、動きもどこかアニメチックなのもさくらによくあっている。なぜさくらが町田くんを巻き込んでそんな行動に出たのか?が明かされるところからの表情変化の複雑さも繊細になり、回り続ける舞台のなかでさくらの物語が終わったのかな?と思わせて、あっ!という発見もあるので、是非舞台を注視していて欲しい。

町田くんの幼稚園時代の先生、英子先生の大月さゆは、子供の方は当時の言動はほとんど覚えていないが、大人は覚えている、という現実にもよくある話をちょっとしたカリカチュアを交えて演じているのが、クライマックスに向けての大きな役割を果たしている。この作品は町田くんの川﨑以外はみんないくつもの役柄を演じ分けるが、大月が共に演じる町田くんの叔母のカズミちゃんも重要な役柄で、優しい叔母さんがふと漏らした本音が重く、双方が町田くんに深く関わるだけに、役の雰囲気から話し方までを変えられる大月の確かな演技力が再演でも光っている。

父親が夢を追っていったが為に、家庭が壊れる経験をしているひかりの浜崎香帆は、ねじれた心情をぶっきらぼうな態度のなかににじませている演じぶりがリアル。嫌いになれたらずっと楽なんだ、という血のつながった親子の複雑さがきちんと伝わってくる表現もいい。ひかりとしての出番は物語のかなりあとだが、そこにいくまでのいくつもの役柄での溌剌とした笑顔を目に残してからのひかり役を、より印象的に深めている。

「世界は悪意に満ちている」という『町田くんの世界』にリアリティを加えるナンバーを歌う吉高の岩橋大は、持ち前の歌唱力で、おそらく最も現実世界に近い人物を活写している。そんな吉高をも立ち止まらせるのが町田くんだ、という現実と舞台の橋渡しの役割りがより明確になっている。幕開きのナンバー「Colors of Our Hearts~ミュージカル『町田くんの世界』メインテーマ」の第一声も担うが、歌声の煌びやかさが格段に増していて『レ・ミゼラブル』で大役のアンジョルラスを務めた経験値が、岩橋のなかで熟成されていることを感じさせた。

猪原さんに片思いをしている西野くんの鶴岡政希は、もちろん猪原さんが大好きだが、それ以上に「誰かと恋人になる」ことに恋をしている、これぞ青春!な西野くんの突き進みかたを、応援したくなる懸命さが目を引く。身体能力の高さをなんでもないことのように発揮するのも効果的で、幸せになって欲しいなと初演以上に感じさせる西野くんが健気だった。

町田くんをはじめ6人の子供の母親、母さんの湖月わたるは、宝塚歌劇団でトップスターを務めていた頃から発揮されていたすべてを包み込む包容力が役柄に生きていて、長男の町田くんと互いが頼れる相手なのだということがたくまずして伝わってくるのが作品の根幹を支えている。ひかりの父・健一の現パートナーのみどり、そして町田くんに大切なことを気づかせるおばあさんも演じるが、どの役柄も印象に深く残り、かつ温かいのが湖月ここにあり!客席からもカンパニーの太陽のように感じられる存在だった。
ひかりの父・健一の吉野圭吾は、多くの人が家庭を持つと同時に手放す夢をつかんだまま進んでしまう、ある意味困った男が町田くんのひとことで勇気を得ていく様を、吉野らしい人情味で演じている。「怪演」と呼びたい突き抜けた役柄も得意とする人だが、こういう不器用な役柄にペーソスを加える芝居も絶品で、やはり健一として登場するまでに多くの役柄を演じるが、そのすべてで異なる色を見せつつ、ちゃんと吉野圭吾なのがキャリアを感じさせた。
そんなキャストが枕(実はクッションが正しいようだが、初演から私は枕だと思っていて、それがしっくりくるので敢えてこう書きたい)を持ち、町田くんの弟たち、妹たちに「見立て」て演じる、演劇世界ならではの想像力で紡ぐ演出が、終幕の世界を輝かせる様が圧巻で、暗い気持ちになりがちのいま、シアタークリエに『町田くんの世界』が広がっていることはやはり大きな希望に他ならない。初演と同じに、いや、より強い気持ちで、今月は是非シアタークリエでこの作品を観て欲しい、と誰にでもおすすめしたいと思う。それがきっと、この世界の舵を温かいもの、美しいものに切らせる奇跡を生むに違いないと信じられるから。
開幕に際し、演出のウォーリー木下、キャストを代表して川﨑皇輝、長澤樹、湖月わたる、吉野圭吾からのコメントが届いた。
【演出:ウォーリー木下】
再び磨き直されたミュージカル『町田くんの世界』を、ぜひご覧ください。
ミュージカルファンの方はもちろんのこと、はじめてミュージカルを観るという方にもおすすめです。
大きな事件や、社会を鋭く抉るようなメッセージはないかもしれないけど、あなたのすぐ隣で起こっている普遍的な出来事が描かれています。
半径10mのミュージカル。きっとそれが広がっていっていつか地球を包み込むようなものになることを祈って。
ピース。
【川﨑皇輝】
開幕までのいろいろな瞬間を通して、「ここに帰ってきたんだな」と実感しています。
例えば、ポスター撮影をした時、歌稽古が始まった時、みんなで振付が揃った時、セットを見た時、そして実際に劇場に入って舞台稽古をした時。
その一つひとつで、改めて実感しました。
舞台稽古を終えて、皆さんにこの作品の良さや想いをしっかり届けられそうだなと感じています。
実際に稽古を重ねる中で、初演との違いや新しい発見もたくさんありました。
きっと、初演をご覧になった方にも、初めてご覧になる方にも楽しんでいただける、素敵な作品になっていると思います。
今回は再演ということで、初演から変わった部分もありますが、それに対応しているキャストの皆さんを見ていて、本当にすごいなと思っています。
僕自身はあまり変わっていませんが。
たくさんの方に支えていただきながら、最後まで一公演一公演を大切に頑張りたいと思います。

【長澤樹】
皆様の温かな想いで叶ったミュージカル『町田くんの世界』再演が、ついに開幕致します!
この1ヶ月、日々悩み、闘い、切磋琢磨しながら稽古を進めて参りました。
再演という難しさを実感しながらも諦めずに向き合い続けた時間の軌跡が、初演からさらに深まった町田くんの世界という形であらわれているかと思います。
この作品が、大切な誰かの幸せを願える作品になりますように。
何より楽しめる作品でありますように。
1歩足を踏み出して
ぜひ劇場までお越しください!
【湖月わたる】
ミュージカル『町田くんの世界』スタートしたらノンストップ!
みんなで心を一つにセットを回し、道具をセッティング。全てがピタッとハマった時の心地良い空気感が堪りません。
私は町田くんのお母さん役をはじめ、おばあちゃん、関西弁のみどり、なんと女子高生から街の人まで目まぐるしく演じます。
瞬間瞬間を大切に、この温かくキラキラした優しい世界を、お客様と共有できたら幸せです!

【吉野圭吾】
この舞台は、最初から最後までバンドも役者も舞台の上にいます。
そして舞台セットをみんなの力で回していきます。
この舞台セットを世界として、様々な人たちが町田くんと出会い感情に変化が起きていきます。
世界は回り続けます。町田くんもまた、出会う人たちから真っ白だった自分に新しい色をもらいます。
世界は回り続けます。明日はもっと色鮮やかな自分に、世界になりますように。
世界を回し続けます。

【公演データ】
ミュージカル『町田くんの世界』
原作◇安藤ゆき「町田くんの世界」(集英社 マーガレットコミックスDIGITAL刊)
演出◇ウォーリー木下
脚本・作詞◇ピンク地底人3号
音楽・作詞・演奏◇和田俊輔
出演◇川﨑皇輝
長澤樹
神里優希 原田真絢 礒部花凜 大月さゆ 浜崎香帆 岩橋大 鶴岡政希
湖月わたる 吉野圭吾
スウィング 伊藤里紗 小嶋開太
7/7~30◎日比谷シアタークリエ
〈お問い合わせ〉東宝テレザーブ 0570-00-7777(ナビダイヤル)
公式サイト https://www.tohostage.com/machidakun/
©安藤ゆき/集英社・東宝
★原作マンガ「町田くんの世界」は集英社マーガレットコミックスDIGITALより全7巻好評発売中!
取材・文/橘涼香 撮影/吉原朱美














