
江戸時代後期に活躍した日本を代表する浮世絵師、葛飾北斎。富士山をテーマにした連作「富嶽三十六景」が特に有名だが、画号も幾度となく変え、人物、風景、花鳥、妖怪など幅広い題材を生涯に渡って描き続けた作品は、なんと約3万4千点以上。ヨーロッパの画家たちにも大きな影響を与えた人物だ。
そんな絵師・葛飾北斎を、歴史上の偉人としてではなく、描くこと、創ることに生涯を捧げた狂気と紙一重の人生を、ダンス × 演劇 × 音楽という新たなパフォーマンスで表現するダンスエンターテイメント演劇『PASSION ― 北斎の描く夢 ―』が、10月22日~11月3日横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホールで上演される。
絵師として大成しながらも、現状に決して満足することなく、どんな状況でもひたすら描くことを追求し続けた北斎。彼をそこまで駆り立てたものはなんなのか。尽きることのない創造への衝動はどこから来ているのか。その“PASSION”に迫るステージで、北斎を突き動かす情熱や理想を表現するのが柚希礼音。宝塚歌劇団星組トップスターとして宝塚百周年の祝祭を牽引し、退団後はミュージカルを中心に多彩な活動を続ける柚希の想いと、この新たな企画はどうシンクロしていくのか。北斎の生涯を体現する大貫勇輔、世間や常識、現実の価値観を担うKELOと共に、ダンス×演劇×音楽で紡ぐパフォーマンスに向けた意気込みを語ってもらった。

常にもっと良い絵を求め続けた北斎の情熱を表現したい
──ミュージカルとも、ショーとも異なる、非常に新しい舞台ですが、はじめて企画を聞かれた時はいかがでしたか?
斬新なものを企画されたなと思いましたし、オファーをいただけたことが純粋にとても嬉しかったです。踊りから表現の世界に入った人間としては、踊りで表現する場をもらえるのは本当に嬉しいことなので。しかもこのお話をいただいてから葛飾北斎について改めて色々と調べ、学んでいくうちに、勇気を得ることがいっぱいあったんです。北斎は絵師として早くから認められたというわけではなくて、浮世絵ではライバルが多すぎるからと風景画に取り組んだり、人物画を描いたりなど、様々な挑戦を繰り返しながら苦労を重ね、葛藤し、それでもひたすら描き続けて、世間に認められたのは70歳を超えてからなんですよね。しかもそこで「ようやくここまでたどり着いた、満足だ」という気持ちには決してならずに、亡くなるまで自分はまだまだだ、もっといい表現を、もっと良い絵をと目指して描き続けられた。その生き様から芸事をしている者としてパワーと勇気をもらっています。
──共感できるものが多いということですね?
すごく多いです。シンパシーを感じますし、尊敬の念も覚えます。私はそんな北斎の「PASSION」、情熱の部分を演じさせていただくのですが、ひと口に「PASSION」と言っても、そこには葛藤や、苦しさなど、様々なものがあると思っていて。私自身もこの作品に出会う前に葛飾北斎さんに持っていたイメージは、「富嶽三十六景」をはじめとする多くの絵を描かれて、世界に影響を与えた偉大な絵師の方、というものだったんです。でもいまもお話しましたが、そこに至るまでの北斎さんの壮絶な人生と、最期まで衰えなかった描くことへの想いがあることを知ったので、そんな様々な感情を身体表現で皆様にお届けしたいと思っています。本当に一人ひとり長い人生、色々な時期があるじゃないですか。私も実際にそうだったのですが、元々バレエをやっていて、バレリーナを目指してレッスンを重ねていたのにどんどん背が伸びてしまい、もう一緒に踊れる人がいないという状況になった時に、宝塚受験を勧められたんですね。それまでバレエ一筋でしたから、宝塚も全く知らなかったのですが、いざ入ってみると、バレエをやっていた時にはコンプレックスだった、背が高いことや、肩幅が広いことが男役に出会ったことですべて長所になったんです。しかも大好きなバレエだけでなく、タップ、日舞、モダンダンスなど、色々なジャンルの踊りが学べて、私はバレエだけが好きなのではなくて、踊ることそのものが好きだったんだと知ることができて。更に、芝居や歌にも取り組んだことで、踊りはテクニックだけではなくて、心で表現をするんだということも学びました。そんな私がいま、この『PASSION ― 北斎の描く夢 ―』に出会えて、これまで培ったものがすべて活かせるんだな、なんて幸せなんだろうと思っています。だからやっぱり何よりも大切なのはずっと続けることだなと感じているし、永遠に自分に満足せず、もっと上をと目指していった北斎さんの情熱を、精一杯表現したいです。

すべての経験が作品に生きていく
──いま、宝塚時代に様々なダンスに触れて、踊ることそのものが好きだったと気づかれたというお話がありましたが、宝塚の男役としてそうした多種多様なダンスを学ばれ、退団後、今度は男役としてではなくパフォーマーとして踊る上で、変化を感じることはありましたか?
男役の時にはこれ以上手を挙げるとお衣裳のラインが崩れてしまうとか、曲線的に踊ると女性っぽく見えるなど、男役ならではの約束事と言いますか、美学があったんです。でも退団後にそれが外れて、表現の幅が広がった面がたくさんありました。はじめはずっと男性側として踊っていたので、女性側になって男性の方と組んで踊ると何もかもが反対なので、手はどちらを向けて出すんだっけ?というような、基本的な部分から苦しんだ時期もありましたが、女性ならではの表現というのも大好きですし、女性だからといって可憐なだけではないというところも、すごく深くて面白いです。そういう様々なものを通ってきたので、今回“情熱”という、北斎の内面を踊ることで、また新たな発見があるだろうなとワクワクします。
──昨年(2025年)の12月に、ダンス×朗読というこちらも非常に面白い取り組みだった『マイ フレンド ジキル』を経験されていますが、あの公演でもジキル役ではダンスだけの表現に取り組まれましたよね。
そうなんです。ジキル役も一切言葉を発さない、ダンスだけの表現だったので、目を見ただけで何を考えているのか、何を思っているのかがわかるような表現をしたかったですし、大胆で繊細で狂気的でと、色々なものを込めて演じたので、あの経験が今回すごく生きてくるんじゃないかなと思っています。
──作品とのご縁と言いますか、出会いの流れも素晴らしいなと思いますが、今回は振付・演出をKAORIaliveさんが担われる(※共同演出・元吉庸泰)ことも話題です。
KAORIaliveさんが宝塚で振付を多く担当されるようになったのが、私が退団したあとだったので、残念だったな、いつかご一緒したいとずっと思っていて、宝塚の後輩の真風涼帆ちゃんのコンサートにゲスト出演させてもらった時に、初めてご一緒することができたんです。ただその時、私は歌だけの参加だったので、舞台稽古でみんなが踊っている照明合わせの様子などを拝見したのですが、ひとつの場面を創られる時、すべてに目が届いている方なんです。部分照明の使い方や、舞台の使い方、美術、衣裳、全部を考えて振りや、場面で伝えたいことを表現される方だなと感動しました。今回はじめて本格的な振りをいただけるので、もう何もかもが楽しみです。
──そしてビジュアル撮影や、作品の取材会のフォトセッションでも、次々にダンスのポーズを繰り出されていて、既に三人の息もピッタリだなと感じましたが共演のお二人についてはいかがですか?
大貫勇輔さんは、私が続けているコンサート『REON JACK』シリーズでご一緒させていただいているのですが、そもそも踊っていらっしゃる映像を拝見して、すごいダンサーさんだな、是非ご一緒してみたい、と思ったのが最初でした。いざ一緒に踊ってみても本当にすごい方でしたし、やっぱり舞台ってその人がどう歩んできたか、どのようにここに挑んできたかのすべてがわかる世界なので、芸事に対して如何にストイックに、純粋に真摯に向き合われてきた方なのかが、すぐに伝わってきました。1対1で踊っていて、情熱をパスしあっているという感覚だったんです。
──ミュージカル『ロミオとジュリエット』が宝塚で日本初演された時の、ロミオ役のオリジナルキャストが柚希さんで、TBS、ホリプロ、梅田芸術劇場企画・制作による『ロミオ&ジュリエット』初演の「死」のオリジナルキャストが大貫さんでしたね。
そうです、そうです。ロミオと“死”で踊ったのですが、今回は別人格同士として踊るわけではなく、勇輔さんが北斎で、私が北斎の情熱ですから、私もつまり北斎ですよね。
──そうなりますよね。
ですから二人で一人の人を演じていく、ということでもあると思うので、それもすごく楽しみです。KELOさんは私がこれまで踊ってこなかったジャンルのダンスを極めている方で、今回が「はじめまして」なので、自分としても一緒に踊ることが良い意味で想像がつかないんですよ。だからこそものすごい化学反応が起きるんじゃないかと思います。開幕までの稽古場ももちろんですが、幕が開いたあとも日々どんどん進化していって、千秋楽を迎える頃には初日とは全然違う!と感じられるくらい、公演ごとに新しいものが生まれると思うので、何度も御覧になっていただいても絶対に楽しいと思います。踊られているのを見ても、どうしてこの形で止まれるんだろう、と思うくらいなので。
──柚希さんが御覧になってもそう感じられますか?
感じます、感じます!たくさん吸収させていただきたいですし、私からも何かをパスできたらいいなと思っています。

ダンスは自分自身を表現するもの
──お三方共に、オンリーワンの方々なので期待が膨らみますが、ひとつ大変シンブルと言うか、直球の質問になりますが、柚希さんにとってダンスとはなんですか?
自分自身を表現するものですかね。例えば悲しみを踊っていたとしても、言葉を発さない分、無限大の表現があるし、お客様にも自由に受け取っていただける。それが人間の体ひとつで行われている、一つひとつの骨格や筋肉でこんなに様々な表現ができる、人ってすごいなと素直に思えますし、同じ振りだとしてもやはりそこには自分だけの表現があるんですよね。ですからこれからも、ダンスで表現することを続けていきたいです。
──そのなかで、今後踊ってみたいジャンルはありますか?
絶対にできないと思うんですけど(笑)、KELOさんの踊られるダンスジャンルは経験してみたいですし、ラテンダンスもいま様々な映像が流れているのを見ていて、すごくカッコいいな、やってみたいと思います。タップも宝塚からずっとやっていましたが、礼真琴ちゃんの宝塚退団後初主演ミュージカルの『BOOP! The Musical ブープ!ザ ミュージカル』で、タップで表現できることもこんなにたくさんあるんだ!と思いました。まだまだ、私が知らないダンスもいっぱいあると思いますから、どんどん挑戦していきたいです。
──『BOOP! The Musical ブープ!ザ ミュージカル』も本当に素敵な作品でしたね。
そうなんです、宝塚でも縁が深かった礼真琴ちゃんの初主演作品に参加できて、とても幸せな経験をさせていただきましたし、自分に自身が持てずに、ベティちゃんの真似をして生きていた女の子が、あなたこそが唯一なんだよ、とベティちゃん本人に言ってもらったことで、自分自身と向き合い、自分らしさを取り戻していく、という作品のメッセージが素晴らしくて。毎日舞台に立ちながら、私もそのメッセージからパワーをもらっていました。昨日の自分より今日の自分、明日の自分に期待してやっていこう!という気持ちの持ち方ってとても素敵ですよね。
──まさにそこで私は『REON JACK』を思い出したんですよね。何百回転んだって、何度も立ち上がれ、何千回泣いたって、それ以上笑えるようにいざ進め、という趣旨を歌われるじゃないですか。あの歌詞にはすごく励まされてきたので。
そこはすごくこだわって創ったので嬉しいです!確かに『BOOP! The Musical ブープ!ザ ミュージカル』もですし、『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』の時にも、同じように自分を信じて、歩き続けることの大切さ、心を励ましてくれるメッセージを感じていました。毎日生きているとつい忘れがちになる、そういう気持ちを思い出させてくれる舞台っていいなと思いますし、その舞台をお仕事にさせていただいている幸せを改めて感じます。今回の『PASSION ― 北斎の描く夢 ―』も、これほど後世に名を残している偉大な絵師の方でも、成功するまでの道のりは本当に長くて、険しくて、でも自分の信じることを決して諦めずに続けていたら、未来が開けていくという作品なので、やっぱりすごく励まされるメッセージが詰まっているんですよね。例えどんなにゆっくりだとしても、人と同じ速度じゃなくていいから、自分が良いと思うことを続けていけば、明日の自分には別の何かが生まれているかもしれない。未来の自分を信じていこうね、という気持ちも込めて、皆様にお伝えできるように北斎の情熱を表現していきたいです。会場の横浜赤レンガ倉庫は中華街も近いので、行き帰りに美味しいものを食べて、作品からパワーを受け取っていただけたら。先ほどもお話しましたが、初日と千秋楽とでは、全く違う表現になっているだろうなと思える可能性にあふれた作品なので、何度観ていただいても楽しいと思います。季節も良いですし、是非横浜に遊びにきてください!お待ちしています。
Autumn Special Question
あなにとって、秋は「〇〇の秋」ですか?その理由もお願いします。
「スポーツの秋」とか「芸術の秋」もありますが、やっぱり「食欲の秋」ですね!舞台に立つことはもちろん、日々のパワーを得る為には「食」が何より大切ですから!松茸、秋刀魚など季節ならではのものもいいですし、酷暑が過ぎ去って温かいものが美味しくなる季節なので、鍋もはじめたいですね。力を得たい時には必ず「キムチ鍋」をいただくので、それをパワーに公演を頑張ります!

公演情報
ダンスエンターテイメント演劇『PASSION ― 北斎の描く夢 ―』
期間:2026年10月22日 (木) 〜 2026年11月3日 (火・祝)
会場:横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホール
<大阪公演>
期間:2026年11月7日(土)~8日(日)
会場:サンケイホール ブリーゼ
■出演
大貫勇輔、柚希礼音、KELO 他
■スタッフ
脚本:藤井清美
音楽:森 大輔
振付・演出:KAORIalive
共同演出:元吉庸泰
■料金
全席指定:11,500円(税込)
【公式サイト】
https://horipro-stage.jp/stage/passion2026/
取材・文/橘涼香 撮影/吉原朱美















